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竜馬が長崎から京都へ

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先回から一週間たちました。大女将の世話で神戸の妹が帰鳥していたんです。で、ありがたいことに食事も作ってくれるんです。普段は店が終わってから女将が作るんで、少々遅くなるんです。これが妹が造るときには、早いんです。私が風呂からあがると、「食べれるで」と待っている。

でもって、食べながらウイスキーも飲むんで、ブログを書けない。

通常、風呂からあがり、ビールをコップ一杯飲んで、さぁ、パソコン開いて、ウイスキーを炭酸水で割って、鯛ちくわを小さく切って、「もなか」にやりつつ、私もこれを肴にチビチビやって、書いてるんです。ブログを。

この「ちびちび」だけの時間がなかったんですよ。

はは、言い訳だで。

話は変わる。

(今回は画像をクリックしてください。ちょっといい画像だで。)

以前に「竜馬がゆく」を二度目に読んでるってこのブログに書きました。そしていま最終巻の八巻目。それもあと四分の一位になってるんです。

こう、読み進んでくるうちに、たとえば慶応三年の九月の初め頃討幕の機運高まるころに竜馬は長崎にいるんです。

これが九月十八日の未明には神式ライフル銃1300丁とともに安芸広島の浅野藩の汽船に乗って長崎港を出航するんです。

二十日には下関へ着きます。300丁のライフルと嫁のおりょうさんを下ろし、1000丁のライフルを土佐へ運ぶために二十日には下関を出航。

二十四日の朝には浦戸湾へ差し掛かります。

この慶応三年九月ころのくだりは読んでいて、まだいい。

だが、十月に入るとなんとも言えない。

一日土佐藩の胡蝶丸で土佐を発って京へ向かうんです。六日には大阪天保山沖へ到着。

淀川を上り伏見寺田屋へ着くのが七日朝だったかな。

で、京都へはいるんですが、この時から宿を醤油屋の近江屋へ泊るようになったんです。ましてやずっと竜馬を助けて来た泥棒の親分、寝待ノ藤兵衛は持病が悪化して江戸へ帰ってしまっている。ここらへんですよ。藤兵衛がずっとついていたら異変を察知して竜馬と中岡慎太郎を助けたに違いない。

刻々と近づいてくるんですよ。十一月十五日が。

そう、竜馬暗殺の日ですよ。

八巻目のあと四分の一です。

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