» 2014 » 2月のブログ記事

昨日組合の総会がありまして、まぁ、終わりました。

はは、よく飲みました。

人もいろいろです。

さて、G寺の二月の掲示板です。

でももう月末ですよ。

早い早い。月日の過ぎる速さかな。です。

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いかがです?

ちょっと手抜きかなと私思ったりしましたが、どうなんでしょう?

冬は必ず春になる。春はかならず夏になる。夏は必ず秋になる。秋はかならず冬になる。

空ですねぇ。

最近は当たり前のことが、気象でもそうではなくなった。

この冬にあまり雪が積もらなかったが、夏に「おおちだに」の池はまた干上がったようになるのだろうか。

自然も人間も潤いのない時代となりました。

NHKなんてね、今会長もいろいろ慰安婦問題で風当たりが強いですが、それはさておき、今回は鳥取局です。

鳥取のNHKは誰しものランドマークになるほどの皆が知ってる場所にあります。

寺町です。

我が家の菩提寺もすぐ近く。

さらにこれももっとすぐ近くにある弥生橋を南へ渡ると鳥取の飲み屋街になります。

鳥取では飲むしかなんもないんです。

変なものはなにもない。

健全です。

いや、「おいり」でした。

長くなります。

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そう、報道されたのです。

オリンピックが流される同じ画面で、、、「おいり」です。

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昔は毎年のようにNHKの取材を受けてました。

最近はなかった。

久しぶりです。

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前もって知らせがあったので皆承知の上です。

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当然中心はまぜ手の四代目。

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報道記者というより学者になればいいのにという感じの、記者を相手にまず説明して、私、対応してました。

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美人ぞろいのスタッフもカメラにおさまり、いや、このカメラマンはうまいとおもいましたよ。

かなりの応用がきくようです。

後、きっと世の中でもっと活躍するんではないかと思うんです。

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で、「この仕事にたずさわっている人は、どんな気持ちでたずさわっておられるのでしょうか?インタビューしてもいいですか?」との学者記者の言葉。

さらにあった。「喋り上手の方は?」

「あぁ、四代目で大丈夫ですよ。」と答えた。

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あとでびっくりしましたねぇ。

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あとで、というのはテレビをみた時ということで、

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仕事もほうけてJC,JCと凧のような四代目がきっちりと、ワシよりしっかりインタビューに答えてる。

いやはや、いやはや、です。

JCりっぱ!いや、すてたもんじゃない。と思わず思ってしまいました。

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いや、これが親の甘さかな。

で、画像ではワシ遠くに少々の姿です。

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この取材。これっていい宣伝?

いやそれだけじゃなく、鳥取だけのお菓子だと知ってない人もいるわけで、この鳥取にいい効果があると思います。

ふるさとのお菓子なんですよ。

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さらに面白いことに気がついた。

この画像、店舗補佐のたおちゃんがアップで写ってますが、その前のガラスの向こうでは左に女将の後姿。

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中央になんと守護神のごとく大女将が鎮座してるんですよ。

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電話が数本かかってきました。

テレビとはなんと影響力のあるものかとあらてめて感じましたです。

あ、まだあった。

四代目が店主とテレビ画面に書いてある。

いよいよ私は隠居です。

もうすぐ組合の総会で、その資料作りに追われ、そんななか昨日組合員のお父さんが亡くなり、今日そのお通夜にも行ってきたんだけど、そしたら近所のお寺の僧侶が会場にやってきて、なんとそれはすぐ近くの西中の出身で、内の息子と同級生がその姉さんで、でもその姉さんたる娘は事故で亡くなって、その弟が今日の通夜に僧として来ていて、後姿は父親そっくりで、えらいもんだと思ったんです。

真言宗のH寺だで。

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今日日曜で、でも朝からその葬儀のために方々に電話やら、FAXやら、これにもともと、総会の資料作りやら、なんで組合長でもないのにせにゃならん?

でも今日の朝は久しぶりに散歩して、帰って来たとき、偶然に鳥取のホテルに勤める

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Mさんの通勤途上に会って、「あら、どこへ行く?」と聞くと、「まぁ、会社に。」と笑いながらいそいそ歩っていきました。

とても人のいい、やさしい相生町の住人です。

と、まぁ、なんだかわからんでなぁ。

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今日は頭がクラッシュしていて、どうなんか?

パンクだで。

休みにはぜんぜんならんかったことっだけはわかる。

いま司馬遼太郎さんの「この国のかたち」の文庫本を読んでるんです。

けっこう、これ昔に読んだで、といった文章も出てくる。

が、どうも昔読んだのと、今回読んだのとでは、印象が違うんです。

今回のほうが重い。

さて、招魂社です。IMG_5056

一言でいえば靖国神社なんです。

安倍総理が参拝したと、中韓が「けしからん。」と伝えてきます。

まぁ、政治的なことはここでは他へおきます。

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知っている人もたくさんいるとは思うのですが、しかし、我々は学校で習ったのか?そうでないのか。

覚えてない。

で、歴史です。

1868年、これって慶応四年でもあり、明治元年でもあるんです。

この年に戊辰戦争がはじまり、官軍方と徳川幕府方が争うわけですよねぇ。

新撰組も先頭を走ってた。

で、勝ったのは官軍です。

両方たくさんの死者をだしたわけですが、負けたほうは、残念ながらさておいて、勝てば官軍のほうです。

これって各藩の連中ですよ。それも旧各藩の思いを抱いて死んでいったわけです。

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ここで、明治の新国家の考え方がでてくるわけで、これは封建時代の各藩ではなく、藩を越えた新国家のために戦死したのだと、まとめて、そう、国民として葬る招魂社が明治二年に東京の九段に出来るんです。

社会的価値観の大転換ですよ、これは。

これを発議したのは大村益次郎です。

そう、その前の名は村田蔵六です。長州の農民身分の医者です。

大阪の適塾の塾頭も勤めた、さらに幕府の長州征伐をしたとき、これをことごとく破ったのはこの人の作戦でした。

医者だのに兵学というか、軍学にすぐれてたんですねぇ。

さらに豆腐が好きで、湯豆腐かな、しょっちゅう食べてたそうです。

イソフラボンは頭をよくするのかもしれない。

愛想がなかったようです。

だから、暗殺されたのかもしれません。

どうも犯人は薩摩のKですよ。

この馬鹿が、私の名前と音が同じノブヨシなんですよ。

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戊辰の役でも作戦を立てます。

それも優秀なものですよ。

あ、そうだ、招魂者です。

その日本の軍隊も武士ではなく四民による志願制の国軍を考えた人です。

こりゃぁ、時の武士連中には腹のたつことですよ。

だって、自らの立場を否定されるわけですから。

でも長州ではとっくにそうなってた。

奇兵隊ですよ。

高杉晋作の奇兵隊です。

変わった集まりの兵だから、奇兵隊。

当時、隊などとは言わなかったようです。

戦う組織は組と言った。

「鬼の平蔵」長谷川平蔵も徒歩組?馬回り組?そんなんだったと思う。

奇兵隊は長州の武士連中を簡単にやっつけてしまいます。

それが益次郎さんの頭の中で日本にも同じ考え方が広がるわけで、官軍の死者を慰めるのに藩をこえて超宗教の形式をとった招魂者を作ったんです。

統一国家を意識したんでしょうねぇ。IMG_5064

ここまではよかったんです。

明治十二年この招魂者が神道によって祭祀される靖国神社となるんですよねぇ。

なんで?

これが日本だから?

このあたり難しいですよ。

太平洋戦争のときに南方に行ってた兵隊さんが飢えてたとき、弱った兵隊が「おれが死んだら、俺を食べてくれ。そうすればおれは故国へ、日本に帰れるから。」と、そんなこともあったようです。

神道は宗教?鳥居があって、神がいて、いや、でもなぁ。

文化?宗教だでなぁ。

初詣するのは?松飾は?

おみくじ引くのは?

ようわからんが、招魂社でした。

今日夕方客二人あり、ウイスキー飲みながら対応。

ひひ、酔う。

魂を呼ぶのにはちょっと失礼なありようです。

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で、ごめんなさいで今日はやめです。

うん、ウイキペディア調べれば載ってると思う。

私は司馬遼太郎さんの文庫本です。

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