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仙台、会津、日光、横浜への旅⑤

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5月26日朝から仙台の観光です。

仙台といえばどれほどのイメージがあるのか。伊達政宗、青葉城、青葉城恋歌、広瀬川、そうそう女将は青葉通りを見たいといっていました。それに牛タン、笹かまぼこといったところです。

松島とか、瑞巌寺なんて最初から予定にはありません。とても時間がない。今回の旅行は会津と横浜がメインなんです。

で、ここでの観光は循環バスの「るーぷる仙台」で回ってみて、青葉城址に行って、政宗の勇ましい像のところで写真を撮れれば、それでよし。と、考えていたんです。

これが青葉通り。うん、鳥取とは違う。杜の都だで、と思ったんです。この思いは、このとき早すぎたんです。

で、バス乗り場へ。鳥取で云えば「麒麟獅子バス」ですよ。主な観光地を回ってくれる。ましてや一日600円ほどで乗り放題です。

この時その乗り場にはもう行列が出来ていた。

二人分の一日乗車券を買いました。1,240円。涼しくない駅前でバスを待ちます。

その間に、たぶん名物おじさんではないかと思われるんですが、いろいろな説明があります。このおじさん、我々のすぐ後ろに外国の人がいると「Where are you from?」と即座に質問。

その一人で並ぶ外国の中年のおじさんは少し笑顔で「I’m from Germany.」

また仙台のおじさんは即座に「Guten Morgen!」。仙台のおじさんはこれで終わりましたが、絶対に名物おじさんだろうと思います。

並んでいる間にひょいと見るとパルコのかべになんと「コナン」の垂れ幕が大きく見えました。鳥取ですよ。これは。ちょっと嬉しい。

9:00出発だったかな?一番列車ならぬ一番るーぷる仙台バスです。

このバスはとても便利です。主な観光地を回ってくれるし、説明もかなりしてくれます。暑い時にはエアコンが効いてる。さらには座れる。この日仙台は暑かった。影を求めて歩きました。

多くの人が「瑞宝殿」で降りて、あのドイツのおじさんもそうでした。われわれはまだ先の青葉城趾で降りました。

と、すぐに大きな鳥居。なんで城跡に鳥居があるの?疑問に思う。と、これは護国神社がここにあるとのことで、その鳥居でした。

そしてこの階段がこの日の登り始めとなったのです。

鳥居をくぐるとコカ・コーラの自販機があるんですが、一種類しか入ってない。なんと仙台バージョンだそうな。そうか、そういったデザインを起こしても成り立つんだ、と感心。

で、さらに階段を上がると、広い広い城跡の広場。太陽に照らされて少し地面が光っているような。

そしてありましたよ。テレビ等で何度も見た伊達政宗の銅像が。腕の達者な人がつくったんでしょうねぇ。今にも動きそうな勇壮さが感じられます。政宗は1m56cmほどだったかな。今の人から比べると小さな体です。馬も昔は小さなものしかいなかった。まぁ、政宗の勇敢さをあらわしたものだからこの像でいいのだ。

これを見ると思い出すのが長曾我部元親の銅像です。昔家族旅行で土佐にいったとき、少し道を間違えたんです。ところがそのおかげで元親の銅像を見ることが出来た。これは今でも記憶にしっかりと残っています。

この政宗の像にまけない勇壮な姿です。そう、これって「長曾我部元親の銅像」と検索してください。マニアが撮った画像が出てきます。そりゃぁかっこいいですって。

後ろからも撮っておいた。

後ろも抜かりのない政宗ですよ。

さらにまだかっこいいものがあったんです。

それは狛犬?獅子?なんで政宗の像の前にこれがいるのか分からないが、そんじょそこらにいる狛犬よりもスマートであり、狛犬オリンピックがあったら上位で入賞間違いないような姿です。

勇ましく躍動的です。悪者は絶対に近寄れないパワーを感じます。これはいい。

そこから見える仙台市内。大きい。

同じ城跡に荒々しい鷲もいた。これは慰霊碑だったかな。これもなかなか迫力があったです。

帰りかけて目についたのが、りっぱな護国神社です。朱塗り。また構えがすごい。仙台はなにもかも上を行っているような、そんなイメージがあります。

う?伊達者だからか?

土産物屋もある。「ずんだ餅」を売ってたので二本買って食べてみた。一本130円で、そうか、といった味がした。

この日あまり見るところがなかったら、昼過ぎには会津へ行こうと、そうでないなら夕方までに着けばいいやと、遅い列車も考えていたんです。余裕がある。しかも会津では二泊するんで、ここでも余裕があるんです。

「るーぷる仙台」がやって来た。この青葉城趾は高さが120メートル以上かな、けっこう高い所にあるんで、このバスがここまで来てくれるのは実にありがたい。

そういえばここの石垣は東北大震災のときにくずれたそうですよ。我々がみるとそんな傷跡はまったくなく、りっぱな石垣でした。でも数年前に直したから奇麗な石垣だったわけです。石工は腕をかわれて熊本城の石垣を直しているとのことです。

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