和菓子と餅のことなら鳥取市のホテイ堂へ。謹製御菓子・季節の菓子・御引菓子を紹介します。

葵の紋

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昨日は3回分のブログを書きました。

だって忙しくなりそうですから、と、思ったが力を合わせりゃそうでもない。

仕事終わって今日書いてる。

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17日に我が家の墓の花を処分せないけんわいと、朝散歩の方向を変えたんです。

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普段は千代川原へ、西へ方向をとるのですが、この日は東へ足を向けたんです。

花を処分するナイロン袋は女将の尻ポケットにはいってる。

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朝早い二階町通りは人影がない。

あ、ここって昔湯屋がたくさんあって、どれも二階建て。

で、この街を二階町って言うんですよ。

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ところが、今ではそうでもないが、家具屋さんが並んでました。

それは湯屋には湯女がいるわけで、これを争い、刃傷沙汰に何度かなったんです。

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男と女がいる限り事件は起きるわけです。

で、池田の殿様が「ばかたれ!湯屋は廃止じゃ。木工職人を呼べ。」とばかりに家具屋さんが並んだというわけです。

そう、聞いた。

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現在この通りにはライブハウスやら、食堂やら、雑貨屋さんもあったが、これはやめてしまったか。

あまり家具屋さんは目立たない。

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で、角の昔からある喫茶店の丸福の横を通り、素ラーメンの武藏屋の前を通って、さらにひいじいさんとひいばあさんの眠るY寺の前を通って、菩提寺のK寺へ着くわけです。

そして墓をきれいにしていたんです。

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そしたら、ちょうど住職が花に水をやってたんで、聞きました。

「なんで、葵の紋が掛けてあるんですか?」

以前からの疑問をポイと投げたんです。

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みるからにやさしい住職はおしえてくれました。

浄土宗はこの紋を使っていいそうなんです。

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そういやぁ、家康は浄土宗だったで。

厭離穢土、欣求浄土の旗頭のもと戦場で力を発揮したんですよ。

もっとも参謀役の本多正信は一向宗、浄土真宗だったんですよねぇ。

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一向一揆で一度は敵対した二人は、後、極めて深い仲となるわけで、宗教を超えたのでしょうか。

とにかく家康は正信の知恵を借りて天下を取ります。

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鳥取にはさらに葵の紋を描いた幕が使われているところがあります。

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おおちだに神社ですよ。

まあ、家康が祭られているからあたりまえだわなぁ。

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祀ることにによって徳川の大名つぶしからのがれることもできたんです。

いや、K寺の葵の紋の話でした。

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