以前、たぶん藤沢周平さんの文庫本でのあとがきだったと思います。
このブログに書いたと思う。
あとがきらしからぬあとがきだ。それだけで一つの作品だと書いたことがある。
あのあとがきを書いたのは伊集院静さんだったと思う。
ほら、小説なんかを読み終わったときあとがきがありますよね。
なんか、少し期待し、知らぬことが書いてあるのかな?と詠むとなんにも書いてない。
よく美術展の紹介、または評論?が新聞に載っていますが、なにやら難しい言葉が並び結局なんだか分らん。なんてこともよくあることです。
なんとか詠んで、でも、たいてい読まんでもよかったで。
と、がっかりするのが多いのですが、なんと、伊集院さんのはそうじゃなかった。これだけで一つの作品と思えたのです。で、この次に並ぶものがありました。
先、先日読んだ文庫本でした。読んだあとでも自分の部屋へ置いてたんです。
あとがきのことをブログへ載せないけんと思ってたからです。
縄田一男という文芸評論家。
池波正太郎さんのものを読み出して何度もあとがきでみた名前です。
やはりおもろなかった。
ところが、なんだ!?
「たそがれ長屋」のそれは違っていたんです。
この文庫本は数人の作者の時代小説をあつめたものです。
主題は「老い」かな。
この三刷より加えたあとがき。
実際に舛添厚生労働大臣を非難してます。新潮文庫ですよ。
平成二十年十月です。
「後期高齢者医療制度」にたいしての大変な立腹です。
そういえば仏文出身だったと思いますが舛添さんはどうしているのでしょうか。
で、ちょっと違うはなし。
同じそのあとがきなんですが、ここにこれはいい、と思った文章があります。
この文庫は五人の作者の作品を集めてるんですが、その中の一人の作品に対してのあとがきです。
少し文章を変えますが、それを記します。
「自分(作者)も無名者であることの意地と誇りが、作者に良質の市井ものを書かせているのではあるまいか。」
とあるんですよ。
この「無名者であることの意地と誇り」っていいんじゃないでしょうか。と、思うんですがねぇ。
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