まぁ、実質先回に続く話題だで。
画像は長男が帰って来た時の東京便から始まる。
その後はだいたい、日にちが過ぎるのに合わせてる。
28日17:55着だったので、店はまだ閉店ではなく、女将も迎えに行きたかっただろうが、ワシ一人で行った。
到着口で待っていると、さすがに年末、降りてくる乗客は多い。
大学生にまだ成り立て、といったまだ都会の衣装も似合ってない女の子。
その出迎えに来ている因幡らしい迎えのお父さん。
子供が先にかけてくる母子。
それを迎える田舎の父親、と賑やかでした。
ANAは幸せをたくさん運んできたようです。
さて、我が家の長男は、日中一人ですることもなく、リビングのストーブの前でスマホの映画を見ていた。
夜は友達のところか、飲みに出ていた。
はは、まぁ、こんなもんだと思う。
少しはエネルギーを得たのだろう。
本人は親の体を心配して里帰りという思いもあるが、歳の割には我々は元気で、安心したと思う。
大晦日には関東へ帰って行った。
女将も送って空港まで行ったが、賀露海岸が近くなので、ハンドルを空港から左に切って、海岸へ。
さすが冬ですよ。
海からの北風がかなり強い。
「なんちゅう風が強いだいや!」と言う間に風に飛ばされた砂が口にはいる。
女将は口が大きいから多めに入ったようで、二日あとだったか、「砂が出てきた。」と言っていた。
元旦からはなんもしない。
しないようにしている。
だらり、だらり、とした、食べて、おとそ飲んで、寝て、はは、ミニミニ高齢者施設ホテイドウ老人ホームみたい。
二日には大晦日に来ていた神戸の妹も列車で帰り、猫一匹と高齢者夫婦だけ。
あ、思い出した。
年末へ話は戻るが、小林旭というスターはたいていご存じだと思う。
年末に、この小林旭のファンの娘さんが買い物に来たとのこと。
で、鳥取の菓子を渡したいと、「因幡万葉の梅」と「因幡のくりまんじゅう」だったと思うが、買われたそうな。
ディナーショウででも行かれるのだろう。
我が工場でもユーチューブで小林旭の歌をけっこう聞いているんで、たとえば「北帰行」「北へ」「惜別の歌」「琵琶湖周航の歌」「ゴンドラの歌」とか。
だもんでこの話を聞いた時、それなりに喜んだ。
だが、その後。小林旭氏は食べたのかどうか?
スター本人からの便りはない。
そして女将は元旦からあっただろうかテレビで「三屋清左衛門残実録」をじっとり見ていた。
藤沢周平を好きなんで、この作者の本はかなり読んでいる。
11日の、昨日の日曜日にはこの清左衛門が19時からなので、ちょうど晩酌の時間と一緒になり、テレビの正面に座り、すぐ近くに灯油のストーブ、左手にとっくり、右手にちょこ。
テレビ画面をじっくり眺めてた。
あ、そんなには飲んでない。
30cc入りのちょこ3杯だから。
そのまえ六日には、そう、六日まで弊店は休みでした。
この朝10:18か、地震があったんですよ。
いやぁ、びっくりだで。
震源は島根と鳥取の境みたい。
小さな揺れに気が付いて、テレビをつけたと同時にガシガシと揺れ、ベッドに座って揺れのおさまるのを待つのみであった。
テレビも、携帯も、「大きな揺れが・・・・」とビービー音を出しながら警報。
気が付けば鳥取じゅうの防災放送が響いてた。
恐いで。
さて、女将が肩が痛いという。
今晩は熱めのホテイ堂温泉だ。










