昨日「おわり」と書きました。
実は終わってなかったんです。
神をも住まう清浄な空気を胸に吸いながら歩いていると、
「あのなぁぁぁぁ、途中で無くなる道路があるで~~。」
という声が私の鼓膜を震わせたんです。
不思議に逆らえぬ響きがありました。
その声のさしず通り、細く滑りやすい道路を鷲峯神社から下り国道か、県道へ出ました。
ハンドルは左へ切れとのまたも逆らえぬ我が脳細胞。
遠く村のなかに誰も住んでいない家を目にし、さらに谷を山の上のほうへへ登っていきます。
「その橋を渡ってすぐ左だで。」
まっすぐ行くと三徳山へ向かうのですが、声は左だと導きます。
「まだだで、もっと上だで。」
また声がします。
「もうすぐだで。」
「そこを曲がったら終わりだで。」
その声はうったえるのです。
「え?おわり?」
曲がると‥‥‥
「なんだぁ、これは?ほんとで道がないで!」
と思わず言葉にしました。
ここまで導いた声の主の岡田卓己さんは
「ええとこだろうが?空気はええし、眺めもええし、昔はよう来たもんだわな。」との言葉。
だって道路がこの先ないもん。
これがアスファルトが切れてその先何メートルあっただろう?砂利道の行き止まり。
すすきを採って、手ぶらでは帰らない。
猪か、狸か、うんちが道路にあったりして、人間もひそやかで、なかなかいいところです。
おわり。