和菓子と餅のことなら鳥取市のホテイ堂へ。謹製御菓子・季節の菓子・御引菓子を紹介します。

シバリョウさんの戦車

 |  | 

ソビエトの戦車にもアメリカの戦車にも勝てない乗り物だったようです。

IMG_6514

日本帝国のその新型九七式かな?その砲塔をヤスリをかけたら、なんと、ヤスリを受け入れた。

こんな鉄板で敵の徹甲弾は防げるはずないわけです。

さらに信じられないことですが、

IMG_6515

そう、シバリョウさんが内地へ、部隊が移動するんです。本土決戦ですよ。

IMG_6518

アメリカ軍が東京湾から上陸してきた時のために群馬へ駐留したわけです。

IMG_6522

で、ひょいと考えた。

アメリカ軍が東京湾から上陸してくれば東京の住人は荷物を積んだ大八車なんかを引いて、より奥地へ、つまり、群馬、栃木、埼玉へ逃げて来るに違いない。

それも狭い道路を大勢で逃げて来る。

IMG_6523

これは、日本戦車がアメリカ軍を向こうにまわし、戦うことができないんです。

だって、道がいっぱいで、東京湾へは行かれない。

IMG_6524

群馬駐留も参謀本部の作戦だで。

ほとんど現場のことを考えてない。

道路がいっぱいで東京湾へ行くことができない。

だのに群馬へ戦車隊を移動させたんです。

さらにアメリカのシャーマン戦車に歯がたたない。

これって生活感のない一部政治家たちと同じですよ。

IMG_6526

さてシバリョウさんは中央からきた上役に聞いたわけです。

「東京の人たちが進軍予定の道路をこちらへ向かって避難してくるんですが、その道路を我部隊の戦車はどのように東京湾へ向かえばいいのでしょう?」

IMG_6527

その答えは、なんと、

「ひき殺して行け!」

IMG_6529

これが日本の軍隊、それもエリートたちの作戦だったわけです。

なんか、考えることを停止してます。

IMG_6531

日本帝国の軍隊は当時の欧米大国、帝国主義の各国の圧力に対処を考えることができないほどに、最初から負けてたのでしょうか?

明治のころの軍人はそうではなかったはずなんですがねぇ。

IMG_6536

これがシバリョウさんの作家になる、日本を考えるきっかけのようです。

守らなければならない国民を踏み潰していく戦車隊。

矛盾です。

今日はおわり。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください