» 鹿野・牛小屋のブログ記事
牛小屋の第二弾。
ゲイジツカと呼んでいます。
いろいろ作ってますが、我々の目に触れるのは銀の兎です。
魅力ありますよ。
こども、若さとはエネルギーです。
元気さです。
四代目の嫁ですゎ。四代目が惚れた女ですゎ。
食べさしているんですがねぇ。もっと太れと思うんですがねぇ。
ようやせとる。
まあ、でも、いろいろあるんでしょう。
そう、この日は嫁とその知り合いがO工房へ会いたいと言ってたんです。
内容はなんなのかよく知らない。
ま~だタバコ吸ってる数少ない人です。
やめればいいのにねぇ。
やっぱり、なんか、う~ん。
まだよく知らないが、頑固そう。
オゥ、また嫁だ。
団塊の世代は、どうも、けっこう元気だ。
ええもん蔵 ちゅう店があるんだけど、そこの人です。
弊店も世話になってる。
嫁の知り合い。
バスケットの後輩らしい。
元気な感じ。
O工房と会いたい本人。
O工房ですよ。
目隠し派。
百貨店での催事でポスターなんかになってるのに、その大きなポスターをみせて
「これ見いや。わし、ポスターになったわいや。ごっついだろ?」なんて言ってるのに、
目隠し派なんです。
建築士。
今日はここまで。
まだ続く。
トゥ ビィ コンティニュゥドゥ。だで。
どんぐりタクシーで着くやいなや、長老のO工房から
「お~い、写真班、これ撮っておけいや!」とのお言葉。
と、はまち?この大きさでは、ぶり?
ありあわせの包丁で刺身にするのはこれまた板前Oさん。
なにせプロの板前。
こたえられませんで!
刺身の姿が違う。(写真は撮ってない。だって撮ってたら食べられない。)
と、まあ、こんな感じでこの牛小屋へ溶け込んでいきました。
あとは画像と少ないコメントのみ。
一回では無理なので、二回か三回で載せていきます。
今回はそれほど大盛況でした。
デザイナーは多いです。
二人ともそうなんです。
このヒゲの二人。
色々まめですゎ。
そして好奇心。
先のぶりですしを作ってます。
T社長とO板前。
おいしい米作り。
そば作り。
生姜作り。
そのほか色々作りのうえに建築士一級。
見えないでしょう?
能ある鷹は頭隠すです????
酒。地酒です。
醤油も地醤油です。
犯罪者?いや、ちゃう。
目隠し二人組み。
どんぐりさんとセンザン。
肖像権を言い立てる二人です。
木工と土、窯です。
これからはじけるオペラ歌手です。
最近ドイツへ行ってました。
もちろん歌を歌いにですよ。
いろんなところへ行き、食べ、見て来た。
乗ってました。
そうブログがある。
「perrier とソプラノ 」だと思う。
歌歌うのにドイツ語を覚えにゃならんみたいです。
たいへんだゎ。
この刺青の青年。
漫画描いてるんですよ。
この鹿野町で。
牛乳を配達しながらです。
ときどきおばけがでるということです。この町は。
私の時間軸とは別に
時間はどんどん経過してるみたいで、この二人、結婚したとの事。
二人とも超優秀で関西で、大阪の国立大学の卒業ですよ。
この刺青Tシャツのほうは、たしか、理論物理を学んでいたのかな?
以前ブログに載せた牛小屋のオーナー、たくみ工房の「ふんばるまん」が話題になりNさんのアイパッドで捜したものです。
「ふんばるまん」が売ってある ええもん蔵のみなさん。
右の女性は違いますよ。
ウチの嫁の知り合いです。
常連の建築士。
だんだんときれいになってきてます。
Iさんと物書きのこだわりNさん。
I パッドの画像です。
in ドイツです。
その画面を見ている真面目な顔たちです。
これはきょうだい。
妹も賢そう。
とまあ、今日はこれまで。
疲れました。
18日は弊店の和菓子教室ですし、その次の25日です。
ところで牛小屋のオーナーのOさん。画像としては一年に一度しか出してはいけないという、肖像権の持ち主の一人ですが、ふだん「ふんばるまん」作ってるんですよ。
と、これを鳥取に来た噺家が「鳥取えェもん蔵」で買ったそうな。
で、えらく気にいってその人のブログに[玉の金印]として載せているんですよ。
今日知りました。
そして、Oさんの名前もしっかり出てる。
「五明楼玉の輔の噺家の手ぬぐい」の6月1日のぶんです。
それと、これとは関係ないですが四代目が岩手へ炊き出しに行ったときに買ってきた土産です。
金沢で買ってきた。
和菓子の形を利用したストラップですよ。
以前紙粘土で私も作ってましたが、同じような感覚の人はいるようです。
牛小屋にはさまざまな、名前も知らぬ人たちが来ています。
今日ヤフーのニュースに東日本の地震の関連記事が載っていました。
署名入り。
その名前はUさんです。
そう、牛小屋の女(ひと)ですよ(なんて書くとちょっとかっこいい?)。
何度かこの小屋で姿を見かけたものの、最近は忙しいのかそうはいか なくなっていました。
どこの生まれか、どこの学校か、そんなこと一切知らない。
牛小屋らしいですよ、こんなこと。
二月の終わり頃、ひょんなきっかけで同じ新聞社の記者から聞いたのは、近く仙台へ転勤とのこと。
その時聞いたとおりに転勤になっていれば、なんと、3.11の2時46分に大震災に巻き込まれているわけです。
だが、実際は四月終り頃とのことで、まぬがれたのです。地震を。
これって、どちらがよかったのか。
記者魂からいえば、そりゃあ、その時現場にいたほうがいいでしょうよ。
ただ、でもなぁ、なんですよ。
地震には強くは縁がなかったようです。
でもこの千年に一度の地震は終わったわけじゃない。
さまざまな事柄を人々の生活に及ぼしています。
記事のネタは底知れず、きびしくあるわけです。
そうはいいながら今日の記事に、子供の被災者が中四国地方にも避難して暮しているとのことです。
そうなんですよ。
少しは鳥取と縁があった人です。
これからも元気に活躍してほしいものです。
そうそう、あれですよ、この画像はちゃんと本人の承諾を得たものですよ、牛小屋の関係者は変な奴多いから、とりあえず掲載許可を得たんです。肖像権の問題はありません。



















































