一昨日に餡を炊き、昨日には「因幡のくりまんじゅう」を焼いて、連日30度を超えるなかでですよ。
体力はマイナスにもなります。
今日はまた餡炊きです。
エアコンなんてまったく役にたたない、というか、エアコンがかわいそうです。
いまだに腰が痛くて、それでもブログです。
第二の目的地、大湊の暑い通りへ出たところです。
49年前の、何かないかと、歩くんです。
当時泊まった宿は小さなもので、夕飯の時歳とったそこの主人が、なにか話してくれたりしたと思うのです。
さらにこの時が納豆との最初の出会いでありました。
よう食べんかった。
他の高校の、それも女の子のボート部も同じ宿だったので、風呂は我々はそのあとだった。
その女子は我々の女の子の概念を超えた体の大きさで、そのぶん、普通の大きさのマネージャーが可愛く見えたものでした。
今回泊まったホテルの6階からはすぐ近くに見えた海へ行く道がなかなかないんです。
暑いのに、また予定以上の歩きです。
略図を持ちながらも、迷ってけっこう歩きました。
まぁ、この迷ったのが夜の居酒屋へ行くのには役に立ちましたが。
そう、迷わずに、すぐに行けました。
ほらね、これが斗南藩の人々の上陸したところです。
いや、ここだけではないですよ。
岩手県にだってあるんです。
共通するのは、大変な苦労です。
寒さと飢えです。
かっての会津24万石の藩士そしてその家族が3万石に減らされて、この辺りに移住したわけです。
幕末に京都守護職になったのが、戊辰戦争に負けて、その結果がこれです。
保科正之を祖とする会津藩士といえば文武に真面目で義理堅いそんな藩です。
全く文武とは縁のない徳川の旗本とはちがう。
悲劇ですよ。
大湊駅とホテルです。
こんなに近いのに、すぐの道がない。
しょうがないので、歩ってやるがなぁと、覚悟を決めて暑い中歩ったんです。
で、やっと涼しいホテルに帰り。
さぁ、することがない。汗もかいたし、替えのシャツもあと一着だったはず。「洗濯したらええかもしれんでなぁ。」と言ったんです。
「洗濯はせんで!するんならあんたがしんさいよ。」
「ワシでも洗濯するわいな。洗濯せなぁいけんもんを出しんさいな。」
女将も疲れているんですよ、どうも。
袋に入れて一階へ降りて、受付で聞くと、洗濯の仕方を丁寧に教えてくれました。
ただ、乾燥までするわけで2時間半ほどかかるとのことでした。
と、そのうちに鳥取からの夫婦も到着となりました。
で、暗くなったらいけないんで、すぐにタクシー頼んで、かってコースがあっただろう海へ見に行くことになり、洗濯物はホテルの受付へ、帰ったらしまい込みますんでと頼んで、5人で出かけたんです。
鳥取からはH夫妻、横浜からはKさん、そして我々夫婦です。
むつ市の職員から聞いてた「海望館」へまず行きました。
出来て間がなくて、これはタクシーの運転手も知らなかったです。
そのコースがあったところが、今は自衛隊の管理地になっていて、それでも、ここに上がれば、その海は見えると手紙にあったんです。
ここを教えてもらっててよかったです。
現場というか、かって路線バスを降りて、自衛隊の水兵服を着た隊員から敬礼を受けて入った競技会場は現在はフェンスで道路とは仕切られ、木も植えられてほとんど海は見えませんでした。
クルーの三人で、あのあたりだで、とか、いや、あっちだった、とか、49年は記憶に残るのには永すぎる。
しかしこんなに近くに来たのは確かなわけで、よう来たもんです。
時間にしても、距離にしても、えらく遠いところでした。
より近づきたいという気持ちか、それらしきあたりへまたタクシーを走らせるも、どうも、違うような。
こんどはバックして海の近くへ降りました。
コースはこの画像のもっと奥ではないかと思うんです。
でもまぁ、ここまでくれば満足ですよ。
漕ぎ手4人の内亡くなった1人を除き3人がかってのコースの近くにそろいました。
ホテルに帰ると、まだ洗濯が終わっていない。
乾燥機が回っているんです。
鳥取からのH夫妻に聞くとシャワーよりも居酒屋へ行こうとのことで、受付へ洗濯物を頼むと、籠へいれておくからとのことで、頭をさげて感謝いたしました。
これから居酒屋ですよ。
ホテルから紹介を受けてたんです。
地方の活性化を図っているとのことで積極的に紹介をされたんです。
そこへ先頭にたち、迷わずに案内したのは私です。
なんせ鳥取から、横浜から、我々は函館からと、遠距離を来て、さらに49年前ののコースを探して、その夕方です。
みんな迷わず「とりあえずビール!」ですよ。
居酒屋もジョッキをよく冷やしたものへ注いでくれます。
美味かったですよ。
下北半島の大湊らしい小さな、夫婦で営む居酒屋でした。
こんなところで、いわばOB会なわけで、もうここではできないでしょうねぇ。
楽しく、賑やかに、飲ませていただきました。
乗り物続きで頭はふわふわしてましたが、このビールはおいしかったです。
結局奥様達のほうがビールには強かったようです。
蒸したてのじゃがいもに塩辛をつけて食べるんだと、サービスを受けました。
さらに値段も鳥取よりかなり安かった。
一番乗ってたのは女将ではなかったでしょうか。
ホテルへ帰ると洗濯物がちゃんとなっていました。確か、そうだったと思う。
で、あくる日ははからずも皆が、同じ列車で大湊を離れることとなるんです。