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右下奥歯の最後の治療に行って来た。8万円だと聞いていた。これに対し、多くは「え?うそ!そんなに!」という声が多かったが、なかには、歯の治療でそれくらい安いもんです。なんてのもあった。

で、支払う段になって、この歯科医さんは受付に金額の表示が小さく出るんですが、それを急ぎ目にすると、「あれ?1万円台????」

ハチマンとイチマン。似ているで。そうか、これだ。

ま、よかったよかった。ほんとによかった。

帰りに旅行社へ寄って埼玉への切符も受け取って来た。

さらに、今日のニュースに白クマが飢えているとのこと。なんか、かわいそうですよ。温暖化です。氷が少ないからアザラシを獲れない。いや、まぁ、アザラシには悪いけど、頂点に立つ動物ってのはけっこう弱いもんです。人間の利己的な生活が影響してる、いや、人間だって飢えてる人も多い。どうすればいいのか。

ここから本題だが、けっこうめんどくさくなってきた。くたびれているんだ。

「ソ連が満州に侵攻した夏」半藤一利著。です。

極めてひどい話ですよ。これは。

関東軍のエライ人たち、満鉄のエライ人たちは8月9日のソ連軍侵攻を知るや、航空機で、また臨時に仕立てた列車で日本へ逃げてるんですよ。国境付近へ残された兵隊たちはソ連との交戦で玉砕です。全滅。

それだけじゃない。

満州には100万以上の民間人がいたんです。これも完全に見捨てられたわけです。力のある男たちは兵隊にとられて、年寄りと、母親とそのこどもたち。これが歩いて逃げる。それをソ連の軍隊が追いかけて来て、暴行、略奪、殺人と、なんなんだ?ロシア人は?と、なんと、スターリンがこうするように命令してたとのこと。ひどい話です。

さらには日本軍将兵のシベリア抑留です。これは有名な話ですが、10万人くらい亡くなったのかな?ドイツの将兵も強制労働をさせられているんです。だが、日本より先に本国へ帰っているんです。

これも書いておかなければならないだろうが、ソ連は2,000万人以上が戦争で犠牲になっている。

こう、アメリカの原爆投下も含めてよく考えねばならないのかと、想う。

さらには、日本自体が、あの戦争は何だったのかと反省をする機会がないのが、これが一番いけんと思う。

結果、社会的に何らかの地位がある輩が、辻正信のように、これがなんと、無責任の、自分の地位ばかり考えている奴が現在もいるのが、腹が立つんです。

あ、いや、読んでみてください。そして、考えてください。

 

忙しいんですよ。なのにエネルギーは枯渇しております。だが、昨日の休みの日には店の年賀状をこさえた。一日かかりましたよ。で、一応見本を作って、女将へ渡したのです。そしてゆっくり風呂へはいろう。そう思うワシの耳へ

「長い!誰も詠まんで!」

これで終わりでした。もっと読み易くするのが至上命題となりました。ま、とにかく風呂にはいって凝った肩やらをほぐそう。よく温まるつもりで湯船につかったのです。

だが、頭の中には年賀状の文章が舞っている。

幸い血の巡りがよくなったのか、いちおう、こうしようと企画がまとまった。

さらに血の巡りを良くすべくウイスキー飲みながら頑張った。終了後パソコンを開いたままリビングの床へたおれていました。

と、女将の低い笑い声。

どうやらパソコン見てるらしい。

「まぁ、これでよかろうで。」

なんとか合格点がもらえたようです。

そして今日の別の話です。

今日偉い人が来店されたんです。これで3度目くらいかな。偉いというのは社会的に地位があるからと、そんなことではなく。立派な仕事をされたということです。

たおちゃんが対応していたのですが、私が冷蔵庫へ行くときに店をみると、なんと〇〇さんです。

で、くりまんじゅう焼いている4代目にも女将にも知らせたんです。

すると女将はするすると店へ出ていき、お世話になりましてと挨拶してる。たしかに〇〇さんの娘さんには大女将の件でお世話になっているんです。だが、普通、これだけの人にはたいてい引いてしまうもんです。だが女将はそうじゃなかった。

さすがにこの前亡くなった父親の娘です。そういえば〇〇さんと父親も知り合いだゎ。

〇〇さんはしょっちゅうテレビにも出てる人で、なるべくわからぬように扮装されての散歩なので、具体的に書くこと出来ないんです。

ま、とにかく今日の女将はかっこよかった。みなそう思ってる。

 

 

10月18日に書いた「映画を見た」の続きを書こうとずっと思っていた。

ニミッツの事を書こうとしたんです。アメリカ海軍太平洋艦隊司令長官です。

この人は日露戦争が終わった年(1905)に日本へ来て東郷平八郎に会ってるんですよ。後の部下のスプルーアンスも同じときに会ってるんですが、東郷さんと話をしてニミッツさんは東郷さんを尊敬してしまったんです。

で、これがきっかけになり、日本の戦術を研究したらしい。

この戦術、日本海海戦では特に秋山真之がT字戦法なんぞを考えたりしてバルチック艦隊に勝ってしまったんですが、こんなのをニミッツさんは研究したらしい。

ところで秋山真之はアメリカへ戦術研究へ行ってたんです。これを行かせたのは山本権兵衛さんで、あの鹿児島の加治屋町生まれですよ。

東郷さんもこの加治屋町生まれ。

西郷さんをはじめとしてたくさんの偉人がここの出身です。狭い町内だのにねぇ。ちょうど長州の松下村塾に集ったようなもんですかねぇ。

この山本権兵衛さんはロシアとの戦争には反対の姿勢でした。しかし準備は整えようとしていたんです。海軍の大リストラをやり、優秀な兵卒は士官にも採用しました。船も買った。イギリスから、アメリカから、さらにはアルゼチンからも買ったんです。

資金を集めたのは高橋是清だったかな?

とにかく一心に準備したんです。

そして準備がととのってから日露戦争に臨んだわけです。

アメリカも真珠湾攻撃(1941)以後あわてたようにルーズベルトの指揮のもとに、例えばニミッツさんなんぞはこの人の上に40人近くいる先輩を抜いて司令官になったりしています。

決して官僚的ではない。

日本は日露戦争以後には、どうも慢心があったようで、このことは、たとえばニミッツの上官であるキングさんが若い時に日本へ来て、白人に対して日本人が横柄な態度をとることに気を悪くし、日本人嫌いになったとか。

太平洋戦争に日本は負けたんです。

ところでニミッツさんが勝利後(1945)日本へ上陸すると、東郷平八郎が乗って指揮をした旧日本海軍の旗艦であった「三笠」がダンスホールだったかな、遊び場になっていたんで、東郷さんを尊敬するニミッツはかなり怒ったようです。

その後、「三笠」の復元に尽力するんです。さらに東郷平八郎の国葬の時には参列してるんですよ。東郷神社にも多額の寄付もしてる。

そんなのがきっかけでニミッツの生まれたテキサスに東郷平八郎が住んでいた官舎が復元されたり、日本庭園が造られているんです。

日本帝国海軍も、陸軍もただ単に物量の差だけではなく、いろいろな準備自体ができていなかった。そんな気がします。

まずは横須賀へ「戦艦三笠」を見に行かないけんわい。

涼しくなってきました。これは、ありがたい。暑いのはかなわない。どこに行っても暑いから。

さて、G寺の住職も同じ思いで頑張っているんでしょう。

月が変わると掲示板の写真を撮るためにこの寺の前を通るんです。

いままで飽きずに前を通ってる。

なんか、たいしたもんだ。

住職が?ワシが?

住職ですよ、頑張っているのは。

「愚痴を言ってるひまはない」

と来たもんだ。

そんなこと言ったって、愚痴るのが人間ですって。愚痴るから少し気が済み、反省もするんですよ。愚痴らずに前ばかり進むのはサイコパスじゃない?

それに愚痴ることもする時間がないなんて、そんな忙しさってのは、そう、忙しいっていう漢字は心が亡ぶって書くんですよ。

ほら、

「一期一会」って利休が言っているのは、きっと、本人がそう出来なかったから言葉をのこしたんじゃないかな。

住職もほんとは愚痴をいってるんじゃないか?そんな気がするんです。自分を鼓舞するために掲示板にこう書いたのではないのかな?

なんてね。

さて、鹿児島中央駅です。我々は一個づつの重たいスーツケースを持っているんで、これをなんとかせねばならない。ま、コインロッカーだわい。

で、すぐにあったんです。ロッカーは。

二つのスーツケースを入れることのできる大きさのそれはなんと600円だと!なんで荷物を入れておくだけで600円とは、えぐいでないかい?しかし、その日泊るホテルは駅から遠く、預かってもらうのもできない。これを払わずに一日ゴロゴロ引きずって歩くのは、これはやれんわなぁ。

コイン6個投入しました。

次には「シティビュー」という、ちょうど鳥取の観光用バス「麒麟獅子」と同じ役目のものですが、これの一日乗車券を買わねばなりません。これを買えばいくら、何回乗ってもフリーなんです。一人600円。駅の観光案内書にありました。なんと、よかったことは、駅からホテルに行くバス代が190円なんですが、なんと、路線バスもこれで乗れるとのことでした。

鹿児島市の運営です。路線バス、路面電車も市営のがあるんです。

民間にも同じようなのがある。

蒸し暑い停留所で、少し待っていると、来ましたよ。そのバスが。

30分ごとに、コースを一周一時間で回ります。

この駅前も鳥取より断然大きい。

乗ってる間はすずしいですよ。いくら乗っても600円です。これは便利です。コースの内容は西郷さんに関するものが多いです。

途中色々あるけども、まずは仙厳園へと行きます。ここの錦江湾の向うにある桜島を見たいんです。

仙厳園の中には入ろうとは思いません。第一入場料が高い。1,000円ですよ。陳列品はネットでも見れるし、そんなに興味はないのです。島津斉彬さんはここに産業なるものの基礎を作ったんです。もっとも弟の久光がこれを廃棄していったのかな。

で、桜島はどんなふうに見えるのか?

堤防があったりしてもう一つ見えない。見えないんです。だが、これは次の日ここを列車で通るんですが、この時は、よ~く見えました。

次のバスまで時間はあるし、喫茶店でもいいから、なんかないかと暑い中ポタポタ歩ってたんです。

すると、なんと「薩摩切子」がありました。

ここはエアコン効いてるし、写真撮ってもいいといわれるし、最高の場所ではないでしょうか。

あの、これって、無茶苦茶奇麗ですよ。値段もシャキーンとしてます。ぐい飲み一つ三万円くらいするんです。

衝動買いが出来るような値段ではないし、普段使いにはなかなかできない。と言うと、そこの店の人が「してる方いらっしゃいますよ。」との弁。

そりゃぁ、まあいるだろうさ。でも我が家にはいないさ。

風鈴もあった。

切子も斉彬さんが始めたとのことで、これはどれだけえらい殿さんかと改めて思いました。で、この斉彬さんの母親は、なんと、鳥取から薩摩へ来たとのことで、幕末、明治の薩摩の働きには、この因州も関係している、、、、×Δ÷・・◇、、とは言えんわなぁ。

ここで妹たちに土産を買いました。切子は無理だから、箸置きです。可愛いものですよ。

またとぼとぼと、来たところへ引返すのです。

雨の降りそうな空の下、蒸し暑い停留所から神社が見える。丸に十の字の薩摩藩の紋がはいってるんです。暑いし、歩きたくないし、これは見るのやめた。

けっこう観光客がいます。って、いうか、シティビューの中でも多いのが中国語の人々です。人数も多いし、元気だし、歳は関係なく、老若男女の人々です。一昨年の小樽でもそうでした。いやぁ、パワーがすごい。

ちょっと雨がポツリときました。

女将はバスを待ちながらなにか勉強してる。暑いのになぁ。

で、そろそろ昼食にせないけんでと、停留所の一つである「天文館」で降りることにしたんです。鹿児島の繁華街です。

「鹿児島はラーメン屋さんが方々にあるだって。」との女将の弁で鹿児島ラーメンを食べようとの計画なんです。

足は歩きたくないといっていますが、まずはこの商店街を少し見てみようと、アーケードの下へはいっていきました。

そんなに長くてでかい商店街ではなかった。一度向こうまで行って、また帰ってきました。めぼしを付けたラーメン店へはいったんです。店内の販売機で食券を買うシステムです。いろいろ種類はあったが女将がシンプルなのがいいと強めに云うのです。どうもニンニクが入っているのかと、警戒してるらしい。

この街のラーメンは豚骨ラーメンです。私はおいしく食べたが、女将は「あの上に乗っていたのは豚の耳じゃなかったか?」とのこと。そうかあのコリコリしたのがそうなんか、ミミンガァを食べたんかと、とワシは思いました。女将はうまいとも、まずいとも言わなかった。

で、またシティビューです。

いよいよ加治屋町です。ここに「維新ふるさと館」があるんですが、まず西郷さん生誕の地を探しました。すぐわかった。

途中にその当時の下級武士の家が復元してありました。

けっこう大きな家です。そして暮しやすそうな感じがしました。

土佐の山の中にある中岡慎太郎さんの家より大きそうに思いましたが、どうなのか。

さらには薩摩のなんというのか、生き方の教育かるたというのか、そんなのも記してあった。これ、一冊にまとめてあって、女将は買い求めました。

で、いよいよ生誕の地です。

この碑はネットによく載っているのですが、ここの空気を吸ってみたかった。もちろん160年前の面影はないでしょうが、この地に足を立ってみたかったんです。なんなんでしょうかねぇ。ここ出身の若者が明治維新というものに大活躍するわけです。

で、次に「維新ふるさと館」に行きました。一日乗車券を見せると入館料が割引になります。しかも涼しい。

中では西郷さん、大久保さん、勝さん、龍馬さん、そして村田新八のロボットが当時のことを説明してくれます。外国の人には、なんていうの、英語で説明してくれる機器がわたされました。なかなかのロボットでした。

ここは鹿児島中央駅のすぐ近くなので、駅が見えているんですが、駅へ行くのはシティビューとは逆回りになるんで、歩くのかなわんし、もう一度乗って鹿児島中央へいくこととなりました。まぁ、もう一巡り鹿児島を見ておこうと考えたんです。

で、夕食を買わねばなりません。知覧へ行くときにおにぎりを買ったところへ行ってみました。たくさんの弁当も並んでます。

「わたしぃあんまり食べたくない。」と気がすすまぬ女将の言葉。と小どんぶりのとんかつ弁当と、天丼弁当が目に入ったんです。そして「一番人気」とカツにシールが張ってある。両方とも500円。これにしました。で、私としてはなにかビールの肴がほしいし、と?さつま揚げが売ってある。ゆずとかしょうがとか、いろんな味がつめこまれた袋があったんで、これを買いました。

で、ロッカーから荷物を出して、またバスの停留所へ行きました。鴨池港行です。

一日乗車券を見せて降り立つと、すぐにホテルが見えました。歩って一分です。

これはとてもいいホテルでした。桜島が見えるホテルということで決めたんですが、大当たりでした。ベッドからタオルからすべてにわたり満足のいくものでした。しかも安い。朝食付きで二人で1万円にもならない。いやぁこことてもいいです。ただ名前が長い。「ベストウエスタンレンブラントホテル鹿児島リゾート」というんです。

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