一週間のご無沙汰でした。
風邪でした。
たおれてたんです。
元気じゃないんです。
19日の火曜日から始まるのです。
鼻水からスタートです。
両目の奥が極めて痛い、というか、おさまりがつかない。
信じられんのは、ほとんど熱がでない。37度前後。
熱が出ないと逆に極めてえらい(しんどい)。
白血球がどうもウイルスを発見できてないみたいなんです。
救急車読んだら楽になるかなと思ったくらいなんです。
寝れない。
鼻をかむとまたかむと、さらにかむち、かみすぎで鼻血。
じっとしてられない。とにかくえらい。
食べずに、飲まずに、寝ずに、ひたすらがまん。
まだ、このウイルスは体内にいます。
女将にも、四代目にも、その嫁にも、たおちゃんにもいるのです。
話かわります。
福島の話。
家畜です。
映像で柵の中で飢えて死んでる、また、力なく立つことも出来ずに後ろ足もひろげたままで、それでも目を開けて座り込んだ乳業を見ました。
なんとかならんのかと思います。
柵に入れたのも、ましてや原発もみんな人間が作ったものですよ。
人間の都合で、最後は餌も、水も与えられず柵のなかで飢えて死んでいく。
牛にも命がありますよ。
地球から言ったら人間も牛もかわらんかも知れん。重さが。
で、昨日から今日にかけてニュースでは殺処分とのことです。
この勝手さ。
人間が逃げているんなら家畜も逃がせばいいのにと思います。
各行政?政府?とくに全国のJA?
やりようがなかったかと思うんです。
で、死んだ家畜には金、金ですよ。
金で飼い主に損害を支払うそうです。
命が軽くなりますわ。
ほんと。
» 2011 » 4月のブログ記事
以前、たぶん藤沢周平さんの文庫本でのあとがきだったと思います。
このブログに書いたと思う。
あとがきらしからぬあとがきだ。それだけで一つの作品だと書いたことがある。
あのあとがきを書いたのは伊集院静さんだったと思う。
ほら、小説なんかを読み終わったときあとがきがありますよね。
なんか、少し期待し、知らぬことが書いてあるのかな?と詠むとなんにも書いてない。
よく美術展の紹介、または評論?が新聞に載っていますが、なにやら難しい言葉が並び結局なんだか分らん。なんてこともよくあることです。
なんとか詠んで、でも、たいてい読まんでもよかったで。
と、がっかりするのが多いのですが、なんと、伊集院さんのはそうじゃなかった。これだけで一つの作品と思えたのです。で、この次に並ぶものがありました。
先、先日読んだ文庫本でした。読んだあとでも自分の部屋へ置いてたんです。
あとがきのことをブログへ載せないけんと思ってたからです。
縄田一男という文芸評論家。
池波正太郎さんのものを読み出して何度もあとがきでみた名前です。
やはりおもろなかった。
ところが、なんだ!?
「たそがれ長屋」のそれは違っていたんです。
この文庫本は数人の作者の時代小説をあつめたものです。
主題は「老い」かな。
この三刷より加えたあとがき。
実際に舛添厚生労働大臣を非難してます。新潮文庫ですよ。
平成二十年十月です。
「後期高齢者医療制度」にたいしての大変な立腹です。
そういえば仏文出身だったと思いますが舛添さんはどうしているのでしょうか。
で、ちょっと違うはなし。
同じそのあとがきなんですが、ここにこれはいい、と思った文章があります。
この文庫は五人の作者の作品を集めてるんですが、その中の一人の作品に対してのあとがきです。
少し文章を変えますが、それを記します。
「自分(作者)も無名者であることの意地と誇りが、作者に良質の市井ものを書かせているのではあるまいか。」
とあるんですよ。
この「無名者であることの意地と誇り」っていいんじゃないでしょうか。と、思うんですがねぇ。
(画像クリックして下さい。もなかが大きくなります。)
地震以来の川柳としては二度目です。
が、やはり低調です。
私だけじゃない、ラジオで流れるものがそうなんです。
(画像クリックして下さい。)
まあ、でも、なんていうか、はげまさねばならない我々が被災地の人たちのたくましさ、優しさに、なんか、力もらったりしているような。
ぼやせんいきます。
ぜ~んぶ没で~す。
このやろうです。
ぼやせん大賞も数が少なかったです。
はい、私の没の句です。お題は「隣」と「できる」です。
隣から その声聞こえ 我が家でも
隣でも 今日の特売 食べている
長生きを 出来たが友は みなあの世
逆上がり できた鉄棒 今低し 鳥取人
ひねりというか深さがないです。
笑うのも余裕ができないと笑えないのと同じで、どうも、まだ、大震災の影響から抜けれない。
来週のお題は「予約」と「覗く」です。
しゃきっとやったろうで。
今日町内会長の奥さんが猫車(一輪車)に白い袋を二つ運んできたんです。
なんと、寿公園に成っていた一本の夏みかんの木。
捜せば画像があるのですが、いまはめんどくさい。ごめんなさい。
たくさんの実が重そうに成っていました。
その時には誰が食べるンかな?と思ってたんですが、回ってきたんです。
弊店に。
今日それを枝を切ったり実を取り入れたりと、頑張っておられた様子。話では。
なんと15キログラムいただきました。(この画像の桜も寿公園の桜です。)
「なんか作れりゃええと思ってなぁ。でも砂糖がいっぱいいるだけかなぁ。袋もあげるけぇ、もらってえなぁ。」
なんか作りますで。
和菓子では夏みかんなんて使わないですが、バターケーキだったら使えるかも!?
「寿公園夏みかんケーキ」
町内の方は町内値段。そのほかの方は少々お高くなっております。
なんて、面白い。
で、「寿公園夏みかんケーキ」製作プロジェクトチーム(大げさ)を立ち上げ商品開発を行いたいと企画しております。
参加希望者を募ります。
あ、条件です。
朗らかな人。でも、やかましくない人。
賢くなくても賢そうな人。なんて、まあ、変なことにこだわらない人です。
普通の人かな。
給料なんて無し。
時間は指定無し。要は暇な時。
15キロしかないんで、あまり気張らないで下さい。
でも、うまくいったら来年もあるかも。50キロくらい。
本当は行くつもりではなかったんです。
ところが予定の組合役員が行かぬと言ったのです。
ばかやろうです。
で、仕方なしに私が行きました。
こちらの組合から二人です。
八頭工業組合の総会へ行ってきたんです。
八頭郡のお菓子屋さんの集まりです。
このこちらの組合二人に加えて、まあ、これも組合員ですが、製餡所も加わり計三人。
飲み手です。とても、この三人は。
タクシーで四時半ごろ出発です。
いや、若桜鉄道で行きたいんですが、いい便がない。
それに、11日の深夜私は急に寒気。
ものすごい寒気。
トイレに行くのに震えるくらい。
なんだ、これは?としまいかけた毛布をかけて、まだ、寒い。
セーター着て寝てやっと少し落ち着いた。
あくる日は大事をとって午後から休み。
と、いうより、昏々と眠る。
で、不安だったんです。列車は。駅まで行かなならん。
で、タクシーです。その代金は組合費です。恒例です。
そうそう、話は飛びますが、土曜日にぼやせんありました。
でもぜんぜん川柳つくってない。
つくれませんって。
テレビの画面、被災地の様子。
ラジオでも現場へ行ってきた人の話を流しているんですが、これ聞いていると、川柳もふっとんでいたんです。
でも、この土曜日に「ああ、今日あるんだ。」と思い出しました。
で、メールでだしました。
組合費を義捐金として送る、といった内容です。
句にはならない句をそえました。
組合費 使ってくれい 義捐金
文章も読んでいただきました。
佐藤さんはいい人です。
もとにもどります。
場所は船岡の小料理屋。
途中若桜線を走る二両編成の古いディーゼルをみました。
情緒ありますが、若桜鉄道は経営大変なんです。
乗りに来て下さい。
ローカル色あります。ゴトゴトと揺れながら走るんですよ。
で、五時前に到着。
窓から墓と一本の高い煙突の見える部屋でした。
この煙突はもと造り酒屋のもので壊すのに300万円かかるとのことでそのまま残っているとのことでした。
トリアエズビールで始まりましたが、八頭工組は五人のうち一人はノンアルコールのビール。また一人はウーロン茶。
飲むのは鳥取から行った三人ですゎ。
食べるわ、飲むわ。
気持ちいいくらい。
あ、そんなこといったらいけんで。
飲むというのは、酔うために飲むんで、酔わずに飲んでもいけんだ。
で、この三人がぐいのみでぐいぐい飲む。
二合徳利が空く、空く、また空く。
遠慮がない。
ところが、八頭のOさんがトイレへ立ち、部屋から出てふすまを閉め、まもなくドガン、ドッと大きな音。
びっくりしてみんながふすまを開けてみると、、、、こけたとのこと。
ウーロン茶で足がすべったようです。
鳥取では聞けない話も聞きました。
水に関しては広葉樹がいいのはあたりまえですが、動物に関してもそうなのです。
杉、ヒノキではエサがない。
広葉樹だと実がなるんですよ。
まじめな日本人が植えた杉、ヒノキが動物を麓へ追いやる結果となるんですよ。
ふーーーーーんんんんん。なんです。
ここでも出てきた裸の猿の身勝手さ。
なんともです。
でも、
八頭の組合の一人。
もと森林の世話をしていた人です。
とてもほがらかな人です。
なんで菓子屋になっただ?と聞いたんです。
そしたら、
「雨の降らん屋根のあるところで弁当食べたいが。」との言葉。
そうですよね。
もっと鳥取の住人は、金一杯かせいでる連中はもっとこんな縁の下の仕事している人のことを考えないけんで。
千代川にきれいな水が流れるのも、洪水が起きずにいるのも山を手入れする人がいるからなんですよ。
しんどい仕事してる人があるからです。
議員なんてなる必要ない。
ちゃんとした仕事してみいや。
この夜、八頭の組合長を一緒に載せて鳥取の繁華街、弥生町まで来ましたが、この前と違い、
私はちゃんと帰りました。
二次会なんぞ出ずにです。
りっぱという他はありません。
誰も褒めんかったけど。