飼い猫「もなか」はこのブログでおなじみですが、この猫達は一体いつ頃日本に来たのでしょうか?
今読んでる本にそんなことが書いてありました。
9世紀のおわり頃だそうです。
原産はエジプトだそうで、それがずっと伝わって中国から日本へと渡ってくるんです。
で、時の日本と言うのはやたら書籍やら経を購入しているんですよ。
これをねずみがかじるんで、その防止に猫を船に乗せたとのことです。
ということは日本の文化、そして仏教界に関して大切な働きをしているわけです。
山猫はずっと以前から日本にいたそうですが、どうなんでしょう?現在本州にはいませんよねぇ。
ニホンオオカミもいません。
人間族は増えてます。
江戸時代には三千万人くらいだったはずで、それが今は一億二千六百万人ですか。
昨日は組合のバスツアーで関空と大阪海遊館へ行ってたんです。
ワシ幹事。
けっこう幹事を長い間してます。大したもんだ。
(画像は鳥取空港です)
で、今日、今年いままでの組合に関しての入金、出金をちょっとやっとくか?
と、、、、ねぇ。
おかしい?
数字があわない。
ごっつい合わない。
だいたいが役員やめたかったんで、この数年、やめようと思ってたんですよ。
だが今、あぁ、目の前の八万円が合わない。
かなわん。
役員やめるで!
まぁ、こんな風に書くと面白そうですが、真面目に書くと、人が集まると問題がおきるんです。
我慢していままでやってきたが、もう辞めたいと思う。
やめとればこんなバカ八万円にも会うことなかったんですよ。
こんな合わないこと初めてなので、どこか簡単なところが間違っているに違いない。
明日計算をやりなおしてみよう。
だが、本気で役員はやめたいと思ってるんです。
実に実りもなし、マイナスのほうが多い。と、思う。
人間てのは難しい。
組合ってのはお山の大将の集まりであればまさしくそうなんですよ。
いや、ワシもその一人だと思うがなぁ。
だが我を出す人がいるんですよ。
かなわんで。
十年近くそんなことやってきた。
もうええだろ、と、思うんです。
若い人に譲っていきたい。
だがなぁ、鳥取にはこんなことばがあるんです。
「煮えたら喰わぁ。」と。
これはいいと思うことでもどうなるかわからんことには手を出さない。
だが、これはそろそろうまくいってて、これなら大丈夫かなと思えてやっと参加する。
煮えるまで様子を見て、煮えかけたらやっと出てきて食べる。
はは、のんきだねぇ。
人間て、むずかしいで。
自分を含めてなぁ。
いや、「この国のかたち」を二度続けて読んだんです。
なにって、面白いわけじゃなく、でも面白く、やっぱりもう一度読んでしまったんです。
こう、なんて難しい文章ではなく散文です。
最初のうちは。
6巻あるんですが、巻を追うごとに真面目?に書いてる。
はは、ものすごく失礼な言い方ですねぇ。
だって、作者は司馬遼太郎さんですよ。
こんなに日本を調べまくった人はいないんじゃないかな。
で、まあ、参考にその見出しです。
四巻では、統帥権が4章あるんです。
五巻では、神道が7章。
次々に「鉄」が5章。「宋学」が5章。「歴史の中の海軍」が5章。
そして「言語についての感想」が7章です。
言語について‥‥はわかるんです。
作者は物書きですからねぇ。
だが、ほかのものは日本のことを考えるときにひょいと出てきたことを書いてるから、ものすごく大切なことなんだと思うんです。
だから同じ作者の同じようなものを、今、読んでる。
「以下、無用なことながら」という本です。
四代目から買った。
月毎にその掲示が変わるG寺です。
当たり前で道路からよく見える。
いや、この寺院だけではありませんよ。それぞれのありようでやってらっしゃる。
でも、なんかなおざりなんですよ。その他は。
だからその手書きの熱意に注目しちゃうんですよ。
工夫して住職は催しもしてる。
人は人間。人の間に生きるもの。釈迦もキリストも過去の人であれば、それを司る和尚や牧師の人としての魅力が大切だと思います。
さて、その掲示板ですよ。
メロディー付けて読んでしまいます。
が?どんな意味なん?
「たての糸はあなた よこの糸は私」とな?
社会で舵を握るのは あなた 家族で色あいを作るのは私なん?
もとの歌詞全部は覚えてない。
結果、ごめんなさいで、ようわからん。
聞きに行ってみるか?そう、話はながくなるで。
いいよねぇ、こんなのやってる。
お寺ですよ。
県民会館とは違うんです。
ちょっと?この立て看板に「当山」とある。ここは山じゃないのにと素朴な疑問。
さらに想えば父、祖父が亡くなったとき「居士」とか祖母には「大姉」とあった。
なんでだ?
こんな単純な?ことも当たり前として調べんかった。

















