一寸先は、3センチ先はわからないものです。

現在5:40PMですが、ラジオでは先ほどまで地震のニュースが続いていました。

今は地震のたびに番組を中止してニュースがはいります。

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だいたい12:12PMにクンッといった揺れがあったんです。

「今の地震だでなぁ。」と話したんです。

で、その後パートさんは昼休みも終わり、それに続いて私も昼ご飯を終わり、二階で昼寝してたんです。

天気も悪くなく、窓を開けて、そのすぐそばのベッドに寝ていたんです。

飼い猫もなかは私のそばにながながとやはりねていました。

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と、えッ?ゴゴゴ、ガザガザガザと大きな揺れです。

上半身を起こし外を見ると目の前の電線が大きく揺れてる。

それよりも早くもなかはどこに逃げるのかすごい速さで私の体の上を通り、机の下のほうへ一目散に飛んでいきました。

後姿のみ記憶に残っています。

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揺れがおさまり、下へ降りようとすると、店舗補佐のたおちゃんの大きな声が聞こえたんです。

リビングの女将の無事を横目で見ながら工場へいくと、小谷さんもたおちゃんも無事でした。

よく揺れました。

とにかく急ぎラジオをつけたんです。

震度は5強。初めての体験です。震源は鳥取県中部とのことでM6.6で倉吉付近は震度6弱とのことです。

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電話がかかってくるものの、こちらからはかからず、回線がいっぱいになってたんでしょうねぇ。

その後も携帯の、なんだ?あの災害の時に鳴る警報音が余震でポケットの中で音をたてたりとか、パートさんの携帯も含めてよく鳴りました。

弊店の校区である醇風小学校も西中も、3時ごろでしたか学校は切り上げて、小学校は親が迎えに行き、中学校は集団で下校していました。

なんとも、地震ってやつはかなわんですよ。

(画像は今日のものです。)

今も来た。ドスンッ!と来ました。震度3です。

国産栗が価格が上がっただけでなく、品物がない。

入荷の予定が伸びた。困っているんです。

山本七平さんの「私の中の日本軍」読んでるもんで、これに例えれば、弾薬の補給が出来てない。という、致命的な問題です。困っています。

ま、しかし、なるようにしかならないでしょうから、表題の石川一です。

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いちいち言わなくてもわかるでしょう。石川啄木です。

なんで啄木なのか?知りません。キツツキですよねぇ。

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先回載せた短歌をみれば、そんな歌を詠める作者はとてもかっこいい人じゃないかと思えるんですが、谷口ジローさんの漫画を読むとそうじゃない。

一言でいえばゴクツブシですゎ。

知り合いから金は借りる。なかなか返さない。勤めている朝日新聞社からは給料の前借はする。

給料が入ろうものなら、女を買い、酒を飲み、と、まぁ、いけんで、こいつは!

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なのに、なんでだ?「一握の砂」「悲しき玩具」なんて、ずっと記憶に残る歌を残してる。

たいしたもんです。

でも奥さんやら、母親やらは困ったでしょうねぇ。

周りは苦労の連続ですよ。

ま、苦労ってのは、どうも、金があろうと、なかろうと、生きてる限り付きまとうものらしい。

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で、ひょいと考えたら、啄木と同じような時に生まれた、やはりゴクツブシ?が鳥取にもいたんです。

啄木より一年年上です。

酒が好きな、そう、私の超先輩になります。昔のボート部です。

つづく。

石川一(いしかわはじめ)さんです。1886年(明治19年)に岩手県で生まれました。

谷口ジローさんの、この漫画では漱石の次に登場回数の多い一(はじめ)さんなのです。

戸籍上は工藤一といいます。

26歳の若死にでした。

結核です。漱石も結核、子規も結核、鴎外の最初の奥さんも結核、時代ですよね。

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頬につたう なみだのごわず 一握の 砂を示しし 人をわすれず

いのちなき 砂の悲しさよ サラサラと 握れば指の あいだよりおつ

ふるさとの 山にむかいて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな

友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ

はたらけど はたらけど猶わがくらし 楽にならざり ぢっと手を見る

なんて、たくさんの詩が浮かんでくるんです。

そう、石川啄木ですよ。

写真も知ってる、そりゃぁ、短歌からいってきれいな気持ちを持った人かと思ってた。

それが違ってたんですねぇ。

つづく。

二三日前の新聞に載っていたことです。

各地方で議員の政務調査費の開示請求が行われたのに対し、議会事務局側から議員側へ、請求があったこと、さらに請求者の名前も伝えられた事案が7件あったとありました。

中には教えられて、そのあとで領収書を訂正した議員もあったとのこと。

なんともです。地方の狭い社会で力をお持ちの議員先生方へ、請求のことが知らされれば請求者への不都合なこともおころうというものです。事務局の人間は行政の役人です。市民なり県民なりの利を図るのが仕事です。

が、現実はそうでないところがありました。情けないですねぇ。

しかし、もう一つ心配するのは、公務員というのは地方においては高学歴の人たちの集まる場です。

ところがその知識をもっているはずの公務員がこの調子だから、我々庶民はそんなこと問題にもしない人も多いかもしれない。

なんか、議会の野党の先生方には頑張っていただきたいと思う限りです。

と、いうより、庶民が生活の場を基本に考えて、おかしいことは問題にしなければいけない。

と、思うんです。

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さて本来のこのブログ、菓子店の話題です。

「食イナンシェ」です。フィナンシェなんです。この製品は。

店舗補佐たおちゃんの作品です。

柿とリンゴを使っているんです。

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きっかけは最初河原町の西条柿を利用すべく始まったんですが、なんとも、鳥取市河原支所にも行ったりしたんですが、あれまぁ、といったありようで、結果八頭町の西条柿を使っています。

そして、あと一種類、アップルリザーブなんですが、これはまだ地元のものは使えていません。

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フィナンシェが「食イナンシェ」とはわかるでしょう?

ところがこの前知ったんですが、倉吉に「きなんしぇえ」だったかな?そんなフィナンシェがあるんです。

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同じような発想で名付けられたもののようです。いやはや、少し笑っちゃう。さらに同じような味でした。

ふーむ・・・・・・<&%$$#”ですねぇ。

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デザインは鳥取の知り合いでもあるデザイナーの娘さんに、あ、この娘さんもデザイナーですよ。

そう、頼みました。予算の大部分はこのデザイン、ならびに印刷で消えました。

ま、一度お買い求め下さいませ。

谷口ジローさんの漫画を読んで、漱石の次は森林太郎、すなわち鷗外です。

生まれは1862年文久2年ですから、もう京都では勤皇の志士で賑やかだったと思います。

が、津和野は静かだったのかな。そう、津和野で生まれました。

この人も頭いいですよ。軍医総監だそうな。偉い人です。

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に出て勉強し、ドイツにも行って勉強し、だが、ドイツで恋をしながらも、日本的な家の都合でその人とは成就せんかった。女の人は日本まで来たのになぁ。とにッ!

その後寂しかったに違いない。だから外の鷗なんだろうかな?そして出世はしたんです。

「ファウスト」を訳してる。自らに照らし合わせたんでしょうか。

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おもしろいのは風呂に入らなかったそうな。医者だのにねぇ。宮本武蔵みたいです。もっとも体を清める作法は独自に持っていて、きちんと体を清めてはいた。

この人も漱石と同じく神経症のところがあったようで、特に細菌を知ってからはこれを怖がったそうです。

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また、正岡子規とも会っているんですねぇ。ほんと日本の黎明期といえばいいのか?

日露戦争までの日本にはたくさんの人物が出てきます。

ワシはしかし、せいぜい司馬遼太郎の「坂の上の雲」くらいしか呼んでない。

幕末はよく読んだけどなぁ。

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で、この鷗外が書き残してる言葉に「学問の自由研究と、芸術の自由発展を妨げる国は栄えるはずがない。」とあります。

偉い人だで。

だがちょっとなぁと思うのは、二人目の奥さんとは18歳の差。若い奥さんだで。なぁ、いけんで。

ワシの年から18歳を引くと、ありゃ、おおかた50歳になるわい。はは、そんな差なんていまやどうでもええか。

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ところで、谷口ジローさんは鳥取商業の卒業です。

実家はどうも川端1丁目あたりらしいから、毎日のように学生服で自転車に乗り旧9号線を湖山まで通っていたに違いない。

ワシとは2歳違いなんで、同じころ同じ旧国道をボート部の練習で湖山池まで通ってた。

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まぁ、しかし、その数人のボート部員の中からは漫画家は一人としてでてこなかった。

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